数年前のゴールデンウイークにマイカーを使い、家族3人で信州を旅しました。計3泊で、1泊目は松本市、二泊目は長野市(ともにホテル)、三泊目に戸隠の宿坊を予約しました。立ち寄る予定にしていた場所は、松本市の民芸館や民芸品店、長野市では善行寺詣で、戸隠では奥社の杉並木を歩くこと、そして標高1200mの「戸隠森林植物園」にあるミズバショウの群落をみることでした。加えて、免許取りたてだった息子の高速運転慣らしも兼ねてのちょっとスリリングな要素もある旅でした。

松本市では民芸館へ寄り、欲しかった民芸品を手に入れることができました。長野市の善光寺も無事見学し、お参りを済ませましたが…。やはり圧巻だったのは、信州の大自然に包まれたときです。戸隠奥社まで、長野市から車で40分ほど。700年余りという、樹齢杉並木参道は巨木が神秘的でした。お昼は、隈研吾さんが手掛けた黒子のような建物「奥社の茶屋」でお蕎麦をいただきましたが、ざるの上に一口ずつ盛られた上品なぼっち盛りがちょっと物足りなくて、蕎麦ソフトまで平らげました。

いよいよ一番楽しみにしていた「戸隠森林植物園」行きです。園の入口まで、車で5分とかかりませんでした。入口から、淡い色彩の新緑の中にほの白いミズバショウがちらほらしていて、とてもロマンチックな風景でした。

 

「戸隠森林植物園」にはさまざまな散策コースがあります。登山に近いコースもあれば、尾瀬のような木道を通ってミズバショウを鑑賞するコース、野鳥が多く生息するみどり池へ伸びるコース、さらには園の外に出て、2キロほど歩いて鏡池へと伸びるコースなど…。どこを選ぼうか悩むほどですが、一番のお目当てはミズバショウ鑑賞のコース。アップダウンもなく比較的らくちんなコースです。

さっそく歩き始めました。うっすら淡い緑の森の中は、山桜が咲いているかと思うと名前を知らない白い小さな花が点々とあったりと、まるで印象派の絵画のような美しさでした。深い森のそこかしこから、野鳥の声も響き渡っていました。うぐいすやシジュウカラはわかりますが、初めて聞くつやつやしたさえずりや、ポーポーとまるでふくろうみたいな鳴き声と、さながら交響楽のように豊かな響きでした。

ミズバショウのそばには必ず黄色い花があったのですが、立て札によると、リュウキンカという花だそう。ミズバショウとリュウキンカ、まるでセットみたいで笑ってしまいました。幻想的な森の風景とともに、ここへ来れてよかった…を実感した時でした。

「戸隠森林植物園」で、念願だったミズバショウに出会え、うれしくて木道を行ったり来たりして写真を撮っていると、あっという間に時間が過ぎていきました。園のクローズは17時ですが、15時過ぎたころから気温が下がってきました。そろそろ園を出て、「戸隠神告げ温泉湯行館」でお風呂に入って、宿坊にチェックインしなくちゃ…と園の出入り口まで引き返しかけたところでした。

カサコソ…と音がするので、振り返ると、数10m離れた森の奥で、何やら黒い影が動いているのです。双眼鏡を掲げた息子がそちらを凝視しているので、思わず小声で「何かいる?」と聞くと、押し殺したような声で返答が。「静かに。クマがいるんだよ」。そういえば、入口の看板に「熊注意」とありました。

とはいえ、複数の人間がいるところで姿を現すとは…。こんな時、悲鳴はご法度です。怯えたクマが逆に襲ってくると聞いたことがあります。そーっとそーっと引き返しました。足ががくがく震え、心臓の鼓動がドキドキ音を立てていたのをはっきり覚えています。後から知ったのですが、園でのクマ出没は珍しくないそう。たいへんスリリング、かつ、貴重な経験をした信州旅となりました。